この日、東京の原宿で行われていたのは海ノ民話アニメーション上映会2022。上映会にはアニメの制作に関わった監督や声優、さらに多彩なゲストにより海ノ民話アニメの価値について語られました。
「自分たちが住んでいる地域や、訪ねていった地域を知ること。海難事故や自然の危険性がある中で、私たちは生きてるわけです。やはり海は身近にあるものですから、知るということがとても重要なことだと思いますね。」と女優・作家・歌手の中江有里さん。
現在、自治体の合併や語りべ不足などで、地域に根付く民話の継承が難しくなっていると言われています。では海ノ民話アニメが持つ可能性とは何でしょうか?
四方を海に囲まれる日本には多くの海に関する民話が残っています。海ノ民話のまちプロジェクトとは日本財団、海と日本プロジェクトの取り組みの一つで日本各地にある海にまつわる民話を発掘。民話をアニメにすることで、次世代を担う子供たちに継承や教訓をわかりやすく語り継ぐことを目的としています。
2018年に発足してから、アニメ制作はもちろん、アニメの魅力を生かして、地域を盛り上げる様々なコラボレーションを産んできました。この功績が評価され、2022年にはアニメと異業種とのコラボを表彰する京都アニものづくりAWARDで地域創生部門銀賞を受賞しました。
「42編の大作品が5年間の活動の中で出来上がっています。これら全てYouTubeでの配信を予定しています。アニメーションにしたことで、こもからお年寄りまで楽しく見られるような仕上がっています。ぜひ一度ご覧になって、面白いと感じていただけたら、周りの人にもお話してもらえるとありがたいです。」と、日本財団の海野常務。
上映会では、これまでに作られた42編、全ての民話アニメを鑑賞することができました。その中から、愛媛県今治市に伝わる「クジラのお礼まいり」を見てみましょう。
舞台は四国と本州を繋ぐ瀬戸内しまなみ海道沿いにある鯛崎島。この周辺は潮の満ち引きの差が激しく、泳ぎが得意な海の生き物ですら、浜に打ち上げられてしまうほど。民話ではクジラの親子が昼寝をしている間に潮が引き、母クジラが動けなくなってしまいます。そこでお地蔵様の呼びかけで、海の生き物たちが協力し、母クジラの体を少しずつ動かすことに。母クジラの体は無事に海に帰ることができました。
そして翌年からはたくさんのクジラを引き連れて、鯛崎島にお礼に来るようになり、いつしかこれを「クジラのお礼まいり」と呼ぶようになりました。「クジラのお礼まいり」には、泳ぎが得意なクジラでも打ち上げられてしまうこの水域での海の危険性や備えの重要性が学びとして込められています。
海ノ民話のまちプロジェクトで作られたアニメを題材に、子供たちに授業をする取り組みも行われています。講師はお茶の水女子大学サイエンス&エデュケーション研究所の里先生。「5分ほどのアニメーションは授業で扱ったり子供が見るのにちょうどいい長さです。現代の子どもにも通じる学びの要素が詰まっているので、映像を使うことによって、目と耳からスッと入っていくので、いろいろなきっかけ作りとして、すごくいいものだと思ってます。」と、里先生。
里先生はこれまで、愛媛県今治市の民話「クジラのお礼まいり」を使った出前授業を今治市内三つの小学校で行ってきました。今回は、そんな出前授業を特別に小学生の親子向けに東京で実施しました。
授業で教えるテーマは三つ。潮の満ち引きと、クジラの生態について、そして瀬戸内海の漁獲量についてです。どれも民話アニメに寄り添った内容。小学校では習わない高度な潮の満ち引きの仕組みや、瀬戸内海の漁獲量の変化、クジラの生態ではクジラの肋骨が登場しました。
「あんまり民話を読んだり話を聞く機会が無いので、アニメで全国各地の伝説や民話を教えてくれるのは、本当にいい機会だなと、思いました。」参加した男の子。
「潮の満ち引きについて主にメモしました。鯛崎島のことを調べてみようと思いました。」と、参加した女の子。
「とても楽しくて時間が経つのがあっという間で感じました。クジラの骨は発泡スチロールぐらい軽かったです。手に白い粉がたくさんつきました。」と、男の子。
自分の地域の民話を見ることによって、地域がどのように海と関わってきたのかを知ることができます。そして自分の地域と他の地域を比べることで、また新しい海の見方や、関わり方を知るきっかけにできます。海ノ民話アニメは子どもたちにとって、学習意欲向上のきっかけになり得るコンテンツ。教育現場での活用も期待できますね。
海ノ民話のまちプロジェクトでは、2022年に15作品が新たに作られました。その一つが長崎県松浦市の青島に伝わる民話。島民とカッパの一族の交流を描いた「長者と河太郎」です。民話の舞台青島は松浦市の御厨港からフェリーで20分ほどの場所にある有人島。カッパとの繋がりが深いこの島には、民話の教訓や教えが今でも受け継がれていました。
3つの島を地続きにするため島民が4年をかけて工事を行っていると、突然何者かによって邪魔をされてしまいます。困った長者は氏神様が祀られている七郎神社に21日間飲まず食わずで篭りました。すると、三つの島の神様が現れ、邪魔をしているのはカッパの河太郎一族。かしらと会って話してみるのが良い、と教えてくれます。長者は、かしらにごちそうを振る舞い、工事に関するお願いをしました。そして昼は島民、夜は河太郎一族が工事を行うこととなり、5年目の7月30日ついに工事が完成!しかし数日後かしらが倒れてしまいます。自分が死んだら七郎神社が見えるところに埋めて大きな石を立ててください。と遺言を残しました。というお話し。
大島に渡ると、長者と河太郎が島の歴史に忠実にのっとった民話であることが分かります。なぜなら、今でも民話に出てくる場所を実際に見ることができるからです。中の島と崎の島を繋いだ場所や、長者が飲まず食わずでこもった七郎神社、神社の対面には遺言通りの位置にあるカッパ石。青島の隣には河太郎一族が住んでいたとされる松島もあります。
「幼い頃、宝の浜に毎日泳ぎに行っていたけれど、7月30日だけ泳いではいけないことになっていたんです。民話1つ1つの物語がしっかりと島民の心の中に残っているのだと思います。」と、青島で生まれ育ったという谷川さん。長者と河太郎は一見ファンタジーあふれる民話ですが、この島の人たちに脈々と伝わる感謝の教えそのものでした。
青島は、古くから豊かな海の恵みによって漁業が盛んで、様々な海産物をとることできます。青島まるという水産加工会社では「全島民社員」というスローガンを掲げる地域商社。名物のかまぼこをはじめ多くの加工品を手作りで生産しています。
「全島民で農作業をしたり、磯洗いをしたり、神社の清掃をしたり。これは島独特のやり方じゃないですかね。」と、青島まる代表理事の辻山さん。島民が一致団結し、成し遂げるという精神。長者と河太郎では工事でしたが、現在は力を合わせて名物のかまぼこづくり。今後はアニメとコラボした商品にも期待です。
2月中旬には、アニメの完成を報告しに、沼田監督が松浦市への表敬訪問を行いました。「地元に伝わる民話がアニメになれば、ずっとみんなに見せられますし、現地に行けば、このあたりを工事したのだろうな…ということを感じることも出来る。素晴らしいアニメが出来てありがたいです。」と、松浦市の友田市長。
「まず地元の子どもたちに民話を知ってもらうということ。松浦市は全国の中から取り上げてもらえる町なのだと分かってもらうこと。そして地元の方々がずっと守り続けてきたカッパ石などが、教訓を繋いできたと教えることにより、ふるさとに対する誇りや愛着に結びつけばいいなと思っています。」と、笑顔をこぼしました。
表敬訪問の後は、長崎県立松浦高等学校で完成披露の上映会が行われました。参加したのは地域科学科の1年生たち。地域科学科は、松浦高等学校独自の学科で地域課題を解決する取り組みを生徒自ら仕掛け、地域と協働し、ふるさとの活性化を目指しています。
「“まつナビ”として、3年間週2時間づつかけて松浦市を中心とした故郷の未来を考えた活動を行なっています。長者と河太郎という民話は、ほとんどの生徒が知らなかったので、そういった地域に埋もれている伝統や民話を掘り起こす面白さを感じてほしいですね。」と、松浦高等学校の舟越校長。
高校生に向けての上映会は初めての試み。「この学科が地域・まちおこしに力をいれている学科ということで、アニメを使った地域創生や、このプロジェクトを通して僕自身が学んできたことを皆さんに共有して、もし参考になったら嬉しいと思います。」と、沼田監督。
アニメの上映後には少人数で座談会も行われました。ここでの議題は「民話アニメを利用し、どのような地域活性ができるか。」青島も長者と河太郎も知らない高校生たちはアニメを見て何を思ったのでしょうか?
「カッパと人間が協力するという話はあまり聞いたことなかったのですごく興味深かったです。」という高校生や
「カッパがお酒を飲んだり、人間と関わったりしているのが面白かったです。私は地域創生のためにお菓子作りをしようかなと思っているのですが、カッパの形をしたお菓子を作ってみてもいいかなと思いました。」と、いう高校生も。高校生の新鮮な発想と海ノ民話アニメが持つコンテンツ力、この二つが合わさることで地域創生の糸口が見つかるかもしれないですね。
2018年から地域に根付く海の民話をアニメ化してきた海ノ民話のまちプロジェクト。海ノ民話アニメが持つ可能性は、継承や教訓の伝承、コンテンツを使った商品開発に留まらず、教育現場や地域創生のきっかけ作りへと進展を迎えています。今後のプロジェクトにも期待していきたいと思います。
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次回のみんなのあおいろは・・・
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